2015-12-27

かじかんだ手に温もりを

今日は北風が厳しくて、今年初めて犬の散歩中に手がかじかんだ。暖冬暖冬言っても寒い日はたくさんあるものだ。こんな日にはうちの暑がり犬、ボブがよく歩く。シベリアンハスキーの混血が噂されるボブは風が強ければ強いほど、吹いてくる方角へ向かっていくようにノンストップで突き進む。ボクは寒がりなので、肩をすくめたり、時たま後ろ歩きをして正面から風を受けないようにしながら付いていくのがやっとだ。ソリで引っ張ってもらいたいぐらいだが、多分ボクがソリに乗ったら一歩も歩くことはないだろう。

住宅街のあちらこちらで、「火のよーじん!カンカン」と人々が年の瀬を知らせている。狭い路地をカクカクと進みながら所定のAコースを歩き切り、休憩所であるいつもの小さな公園にたどり着いた。ボブが真っ先に向かったのは蛇口のある水飲み場だった。この乾燥ですばやく動けばやはり喉が渇くのだろう。とは言え、犬の水飲み場ではないので直接飲むことはできない。まずボクが蛇口をひねり、手を皿のように作って冷たい水を受け、そこに溜まった水をペロペロと飲むことになる。既にかじかんでいる手を見て少し躊躇ったが、蛇口を直接なめられては後の人に迷惑を掛けるので、仕方なく片手で皿を作って水を落とし始めた。

すると、どこからともなく「火のよーじん!」の行列が現れた。数十人規模の大行列だった。ボブはそれに気を取られて固まった。構わず冷水がボクの手を流し続けている。「早めに飲め」と言っても長い列をひたすら見ている。手はジンジンし始めている。列はまだある。もう手も厳しくなってきたし、もう飲まなくていいんだろうと思って皿を割ろうとした時、ペロッと一口だけ口をつけてそこを去った。この一口のために手を痛めたのか・・・。まあいいと思ってポケットに手を入れたが、まだ湿っているからか、なかなか温まってこない。そこへ、もう片方の手に持っているモノの存在に気が付いた。触ってはいないが、まだ生温かいような気がした。それはビニール袋に入った、さっき向こうでやってきたボブのモノだった。心の隙を突かれ、気付くとボクは、まんまるい月を見ながらソレを掴み、暖をとっていた。遠くの方でカーンカーンと心地よい音が鳴り響いていた。

2015-12-25

メニーメニーチキン

クリスマス・イブがやって来た。若い頃は、「日本人のボクには関係ないのにケッ」としか思っていなかったが、次第にその尖った精神も丸くなり、どうでもいいじゃないか、なんだか雰囲気明るいし、ケーキ食えるかもしれないしと、今では普通に楽しんでいる。とはいえ特別な何かをしているわけでもないが。

スーパーへ買い物に行くと、きらびやかにクリスマスコーナーが特設置されており、惣菜コーナーから精肉コーナーまで七面鳥で溢れていた。メニーメニーチキンだった。鶏肉を見てとっさに浮かべてしまうのが屠殺場だ。某大手鶏肉店に卸すための屠殺場で働いていた知り合いから、なかなかエグい話を聞かされて生命について考え込んだ事がある。今ではすぐに掻き消せるほどになったが、肉を見た時の一瞬だけはどうにも仕方がない。

それにしても、夕飯時を過ぎているにも関わらず大量に売れ残っている。そう言えばここへ来る途中、人気の鶏肉専門店がいつもよりも遅くまで片付けをしていた。客足がそっちに集中したのだろうか。個人的には小さな個人経営店なので応援の意味も込めていつもそこで買うが、今日はこのスーパーを応援しなければならない。と思いながらチキンを買って帰らなかった。昨日食べたばかりだったから。

今日売れ残ったチキン、明日もそのまま販売されるといいな。

2015-12-23

孤独なオカメ男

オーストラリアで一般的に見られるオカメインコという鳥を2羽飼っている。正確には、同居人のリサが飼っていた所へ、ボクが寄生虫のように寄生したつもりが、逆に世話を任されるようになっただけなのだが、特別なつかれてはいない。リサがダイバーということもあるせいか、名前は「シーちゃん」「フグ」とついている。

シーちゃんは、海の "sea" から取った名で、白と薄いグレーの体色で白い鶏冠を持ち、オカメインコの最大の特徴とも言える頬紅を塗っていない「ホワイトフェイス」という配合種の雄である。
フグは流れ的に「河豚」から取ったと言いたいとこだが、伝説のK1ファイター「アンディ・フグ」から来ている。当時聞いた時の驚きは忘れられないが、グレーの体色で黄色い鶏冠を持ち、永遠に色褪せることのない橙色の頬紅を塗っている「ノーマル」と言われる種の雌だ。

フグは、生まれつきくちばしの上下がずれていてうまく噛み合わない。餌もシーちゃんと比べると上手く食べられないが、ずれていることで何より危険なのは、放って置くと伸び続けてしまう尖ったくちばしの先端が、下からえぐるようにぐるりと巻いて自らの喉へじわじわと襲いかかる事だ。もしもオーストラリアに生きていればと考えると、喉を圧迫されて苦しんだあげく、乾ききった土地に墜ちて骨になってしまう事を想像する。売れ残っていたのをリサがわざわざ選んで買って帰って来たらしい。

毎月フグを鳥獣医の所へ連れて行って、くちばしをニッパーでパチンと切断してもらう。この定期メンテナンスは、作業的には飼い主自ら出来ることなのだが、これがまた厄介なことに身体を掴んでトリ抑えると、多くのオカメインコはストレスで鼻を真っ赤にして「てんかん」を起こす。そのまま死んでしまう場合もあるそうだ。時間は短ければ短いほど良いとの事でプロにお願いしているのだが、この先生も数をこなす毎にレベルを上げている。今ではほんの数秒で始末出来るようになって・・・と先生の事を書いてると、おもしろエピソードが思い起こされてどんどん出て来てしまうのでまた別の機会に書こうと思う。

フグはさておき、実は真の問題はシーちゃんにある。いたって健康で、フグと一緒にいさえすれば、ウグイスを真似た「ホーホケキョ」の歌声が一日中鳴り響く。ウグイスの真似と書いたが、実際は「ウグイスを真似た飼い主の口笛の真似」というワンクッションがあるので、たまに本物のウグイスの声を聴く事があると、あまりの質の違いにびっくりする事もある程だ。数年前、その偽ホケキョが、セガトイズの大ヒット商品「夢ことり」のモデルになった。愛鳥家に大絶賛されたそうだ。家まで声を録りに来たメーカーの収録陣達は、オカメインコも「ホーホケキョ」と鳴くのだという事を最後まで信じて疑わず、熱心に辛抱強くマイクを傾け続けていた。ボクらは笑いを堪えながら収録を終えるのを待っていたが、まさか本当にオカメインコの鳴き声として商品化されるとは思っていなかったのだ。

どこかのご家庭で活躍中の偽ホケキョの映像はこちら。




脱線したが、フグがくちばし切りに出掛けると、一人でウグイスの練習を始める。どうやらウグイスに成りきる事がセックスアピールに繋がるという不純な教えをどこかで聞いてきたらしいが、昨日初めて何気なくリサの肩に置いてみた。すると一声も発しない。うざったくなるぐらいの存在感が微塵も感じられない。一体どうしたのか。それから数十分経っても黙ってじっとしている。ああ、これはフグの死を悟った(また間違っている)のだな。肩に乗せた事で、これからは飼い主を相方として生きていかねばならないという鳥生に入ってしまったのだなと思った。こんな小さな1羽の鳥からでも発せられる孤独感と絶望感は半端じゃない。これはいつか本当にフグが逝ってしまった時の疑似体験に他ならない。今にも自ら目を閉じてしまいそうな男の刹那さよ。

フグはもうとっくに平均寿命を超えている。

2015-12-22

意味のある生き方

久しぶりに海岸へ行った。海も久しぶりだったが、広い場所自体へ来たのが久しぶりで気持ちよくて嬉しかった。空も地平線も海面も面白い。潮溜まりを覗き込んでみたり、岩の上を歩くのも楽しかった。下に目をやれば、よく見かけるパーツがたくさん落ちている。こういう貝殻がああなるのか、こういうガラスがあんな風になるのかと、磯拾い好きな作家が利用しそうな素材を拾っては捨て、また拾ってみては眺め、スペースデブリのような漂着物が視界に入りながらも、宇宙のような砂浜をただただ歩いた後、夕陽に背を向けた。

ボクの尊敬する人から、「意味のある生き方をした方がいいよ」と言われた。しばらく考えてはみたものの、結局いまの自分には「意味」の意味が分からなかった。それが「意味がない」ということなのかもしれないと思った。歳をとって少しは中身が詰まったと感じていたが、そんなこともまだ分からない若僧なのだと知った。知ったら、なんだか若返ってきたような気もしたが、相変わらずフィジカルとのバランスが取れない日々が続く。

2015-09-14

四つの夢-深海ドリーム第二夢 海談 kai-dan 朱野帰子×高井研-

準備の追い込みに差し掛かると、猛烈に降り注ぐ雨が、自宅の少し掘り下げられた駐車場を、田んぼと勘違いしているかのように潤していく。いくら水をかいたって止まない限りは田んぼは田んぼである。田んぼなのに何も実らせることなく、雨は止み、自然に地底へと消えていく様をただただ見ているだけだったが、イベント当日を迎えると、東京湾を震源とする縦方向への一撃がすべてを吹き飛ばしたように感じた。「オワタ・・・・・・」。恐怖に襲われ、瞬間的に脳裏に浮かんだのはこの数ヶ月のことだったが、時間の経過と共に「オワタ」のは準備だったんだと理解し、それと同時に浅い眠りに落ちていた。


おはようございます。
イベントごとになると、なんだかギョーカイを気取りたくなるのか、夕方なのに夕方のあいさつをしなくなる。頭を下げた相手は、飛び入り登壇予定の世界的なスケーリーフット研究者、Chong Chen さんだった。「異質の天才」とか「華麗なる一族の末裔」とか様々な噂を聞いていたが、「ドゥフ・・・ドュフフフフ・・・」と実際には発せられていないボクの洗脳された心の声と共に入って来られると、一目見ただけで噂通りの方だと感じた。強烈なヲタの香りに紛れて、ある種の品があり、やさしさや爽やかさまで感じられた。名刺を差し出すと、返ってきたのは所属機構公式のものではなく、少し模されたものに熱水噴出孔に生息する貝の写真が刷られていた。こういうのも許されるのですねと訊くと、「デュフ・・・」と満面な笑みで応えてくださった。それからは気が合ったのか、ウチの代表と深い谷間へ堕ちていったその後のことは知らないが、檀上に上がった際の彼のプレゼン「スケーリーフットの歴史」は凄まじいものがあった。スケーリーフットの新種記載がなぜこんなにも長引いたのか、それにまつわるエピソードを、半ば役者や声優のような口調でメリハリのある語りを続け、声が頻繁に裏返るほどの熱弁となった。声が裏返るのは絶好調の証だそうだが、それは会場に来られたお客さん達の反応が一番分かりやすく教えてくれた。


おはようございます。
高井研さんが扉を開けて颯爽と入ってきた。やはり今回は、対談相手が対談相手だけに、テーマがテーマだけに、厳しい表情で「知ってる」とだけ言って控室へ消えていった。高井さんにとって、「海に降る」という作品がどんなものなのか、後で感じさせられる事になるが、控室では徐々に徐々にいろいろ掴めてきたような様子で、大好きな野球中継を観ながらリラックスされていった。会場は新宿にある Naked Loft という所で、様々なイベントを消化しながら「主催者の求める物を揃えていったらこうなった」というような設備らしく、本当にこのようなイベントを開催するには何もかもが揃っていて何も申し分のない会場だったので、主催者としては前回は出来なかった演出的な事もやってみたかったが、「そんなんいらん」と却下されるも代表が食い下がり、最終的には「まぁやってもええで」と主催者のワガママを通してしまっていた。派手めな演出でステージに躍り出ると、俗に「高井節」と呼ばれるしゃべりとスライドのハーモニーで奏でられるリズム感溢れるトークアートで客席が爆笑の渦に巻き込まれていく様を見ていると、さすがとしか言いようがなかった。そんな中でも笑いだけでなく、プスリと核心を突かれるような場面が必ずあるのだった。今回は「プロフェッショナル」についてだった。高井さんは国の研究機関に所属されてるが、「国から依頼された仕事は120%返したる。その代わりそれをやったらやりたい事やらしてもらう。しかもそれは苦しみながらじゃなくて楽しくだ。二者択一はあり得ない。我々は両方やる。それがプロフェッショナルや!」。今の自分にあてはめてみるとその凄さがよく分かった。誰もがそうだと思うが、商売をやるかアートをやるか悩む場面がある。それを超えると両方やらねばという気になってくる。しかしそう都合良くエネルギーは湧いてこない。出来ても「商売のみ」か「商売+苦しみのアート」がせいぜいだ。心が決まらねばこの辺りをウロウロしてしまうが、この熱量、説得力で言われたのは名指しでないにせよかなりのダメージを負うことになった。今、「海に降る」が所属機関にとっていかに救いで希望なのか、その作品へも組織へも注がれる愛情が感じられ、「ワシが作品を育てた」とだけ聞くと、この人はなんて事を言い出すんだ・・・と思うかもしれないが、それを豪語されるのも少しばかり分かったような気がした。


おはようございます。
朱野帰子さんが気配を消して後ろに立っていた。話を聞くとボクらよりも早く到着していて先に控室で待っていたそうだが、誰もその事を知らず伝えずだったため、入口ばかり見ていたボクにとっては壁をすり抜けて来られたように見えてビクッとしてしまった。というのも、朱野さんも高井さんと同じような気分だったのか、よくは分からないが、とにかく普段より目がキッとしている。普段と言ってもけっして普段を知っているわけではないが、とにかく引き締まった感じに見受けられた。控室へ移動しても落ち着きがあり、とても本番前とは思えないほどの精神状態に見えた。なぜか少し安心してPCの接続チェックをしていると、朱野PCの壁紙に、ボクのタブレットの壁紙とまったく同じものが使われていて変な汗が流れた。今日の主役は朱野さんだったが、ちょっとだけ朱野さんには合わないような演出で登壇されると、緊張感が一気にグッと増した。最初のプレゼンは朱野さんからだった。おそらく小説家として著名になられてからはスライドを使ったプレゼンなど初めてのことだったと思われる。しかしその出来栄えは素晴らしく、資料は緻密に作り込まれており、しかしある部分ではかなりアバウトな表情を見せていた。「クラゲ」の事を「内臓」と表現する彼女からは独特のネガティブな性質が空気中に放出され、檀上から放射状に拡散しながら客席全体を呑み込んでいくような、柔らかくも冷たさを持った雰囲気に支配されていった。いつか言いたかったという「三年間溜め込んだ」想いの人への打ち明け話を語り始めた際には、自ら一切の恥じらいを捨て、シルベスタ・スタローンが訓練しているというシベリアまで、姿勢を低くし、裸足で駆け抜け、背後から忍び寄り、細長い氷柱を逆手に持ち、鋭く尖った先端をスタローンの喉元へ当て、「私はここまでやるのよ、気をつけなさい」と耳元で囁くように訴えているようにも見えて、ぜんぜん関係ないはずだったボクまでそのすぐ近くで怯えながら長い時間を過ごすことになった。もちろん一番怯えていたお方はスタローン本人だったという事は言うまでもない。


ありがとうございました。
お客さん達に可能な限り感想を聞いてまわった。アンケート用紙を配ろうと思っていたが、そこまでゆったりとした空間にはならなそうだし、なんか煩わしそうだと思って事前にやめることにしていたが、それで良かったと思えた。とにかくほとんどの方が今日のトークショーに興奮されていて、しゃべりが止まらなくなっている方が多かった。もしかしたらスペシャルカクテルで悪酔いされてた方もいらしたかもしれない。というのも、ネーミングはなかなか好評で思わずオーダーされてしまった方も多かったと思うが、会場の副店長が「飲みやすいように作っておきますね、へへっ」と言ったっきり、赤い方も青い方も、主催者は中身の説明を受けていない。それから「ではそろそろ失礼します」と満足気に帰られた方を何人もお見送りしたつもりだったが、いま見送ったはずの方がまだ会場内に潜伏されていたりして、「今度こそ失礼します」というようなシュチュエーションが繰り返される事も何度かあって、まだ帰りたくない、覚めたくないんだ、といった気持ちを持て余しているようだった。ここで主催者ボク、人生初のサインを求められるという事件が発生した。相手はお嬢ちゃんで、親のパシリをされているらしき事をもにょもにょ言っていたが、相手が誰だろうとサインは求められたらするべし。勇んで書いたは良かったが、書く面を間違えてしまい、気を取り直してもう一度書いたら肝心な部分がプルッてしまい、お嬢ちゃんのダメだしは、それは過酷なものであった。それからせっかくなので、Chong Chen さんが撮った美しきスケーリーフットの写真を使用させて頂いて作ったノートがあった。それを購入された方から「このノートはデ●ノートのパクリですか?」というド直球を受け、いやいや・・・とフェードアウトしようとしたが、なんだかその人の後ろに大きな体の人が立っていて、だんだん「そうだよ それが真実なんだよ この真実には絶対誰も抗えないんだ ん?どうしたの?怖いかい?僕が」と言っているような気がしてきて膝をついた。


目が覚めるとそこは家のベッドの上だった。天井を見上げながら、さっき浅い眠りの中で見た不思議な夢は一体なんだったのだろうと、今でもふと思い出す。




深海ドリーム第二夢 海談 kai-dan 朱野帰子×高井研

ご来場いただいたみなさま、JAMSTEC・高井研さま、JAMSTEC・Chong Chenさま、朱野帰子さま、幻冬舎・前田香織さま、増子瑞穂さま、有麒堂ご夫妻、深海マザー・山田さま、素晴らしいものができました。お力を添えて頂き感謝いたします。有り難うございました。

2015-05-20

聖地聖日初潜入、JAMSTEC横須賀本部一般公開

この世界には何にでも聖地がある。深海の聖地「JAMSTEC横須賀本部」では、年に一度だけ、正門からの不正侵入者を阻止する警備員が鉄壁なディフェンスを崩す聖なる日がある。ゴールデンウィークが終わり、帰省ラッシュに疲れ果て、五月病に伏せると、深海ファンは早くその日を迎えようとムズムズし始める。今年は5月16日の土曜日に決まったそうだ。

JAMSTEC横須賀本部施設一般公開
公式ページはこちら

俗に、「一般公開」と呼ばれる最も正当で恒例なこの日を、あまり機会に恵まれなかった事もあり横須賀で過ごした事はまだ無かった。不正に、というか、ぜんぜん正当なのだが、数年前に突発的でイレギュラーなJAMSTECのイベントがいくつかあった。その時に潜入したことがあり、そのせいで新鮮さみたいなものを欠いていた事も機会を作れなかった原因かもしれなかったが、この度はとうとう機会に恵まれ、この日にしか無い魅力的な小イベントがたくさん散りばめられた大深海イベントへついに潜入する事ができたので書き残してみようと思った。


噂通り、朝イチの京浜急行追浜駅前は聖地へ旅立つ者たちで溢れていた。小雨も降っている。追浜駅前マクドナルド、通称オッパマックで無事に食事を済ませたボクと代表と生ワカメンの深海マザーズは、行列の最後尾へ寄生した。ここから無料送迎バスで10分程度揺られると、吐きそうになる。しかし、追浜駅まで来る途中の代表の大荒れの運転で既に酔っていたボクにとっては、JAMSTECの正門まで滑らかに、やさしく、安全にドライブできる運転手に当たったのはラッキーだった。しかし、普段は助手席に鎮座し、必要ならば横からクラクションをぶっ叩く代表がなぜ運転すると言い出したのかは謎である。


深海マザー御用達、オッパマックでの 左:気合入りまくりの代表(こういうサングラスです) 右:サングラスを奪われて失明した生ワカメン
深海マザー御用達、オッパマックでの
左:気合い入りまくりの代表(こういうサングラスです)
右:サングラスを奪われて失明した生ワカメン

行列のできる海洋研究開発機構行きバス停前
行列のできる海洋研究開発機構行きバス停前



最近はどこかへ行こうものなら「潜入成功」と発してしまう潜入成功癖がある。やはり一番気持ちがいいのは聖地潜入成功だろう。ああ、気持ちいい。弱い海風も気持ちいい。潮の香りも心地いい。広い視界も気持ちがいいな。久しぶりに海に来た事をお知らせします。

しかし我々は、どこへ行き、何をすればよいのか。
そもそもここへ、何をしに来たのか。
しばらく無意味に佇んだ後、一番近くの深海総合研究棟に入ってみた。

間違えたかも、と思った時には遅かった。

そこには、これまでお世話になりながらも、ご迷惑をお掛けしてきたJAMSTEC職員の方たちが高密度にわんさかいらして、いきなりの強い刺激に一旦出直そう・・・・・・と思った時には既に挨拶を交わして、片手を掴まれたかのようにどんどん奥へと引きずり込まれていった。同時にこの棟がどういうチムニーなのかを理解したような気がした。

ひとまず、上へ参ります。

エレベーターの扉が閉じ、再び開くと、そこはすでに、臨界点を超えていた。


突然の超臨界に興奮
突然の超臨界に興奮

超臨界水実験室の実験機材 よくわからないがとにかく危険らしい
超臨界水実験室の実験機材
よくわからないが「DANGER」の表現に少し悪意を感じる


「超臨界」とは、「超臨界」とは、、、うぅ、説明ができないのだが、「気体と液体の区別がつかない状態で、気体の拡散性と、液体の溶解性を持つ」ということ。「水」に例えると、高温高圧にすれば水蒸気でもなく水でもなく氷でもないモノになるということだと思う。なんかスゴいと思って超臨界熱水(深海ハザードステッカー レベル4)という商品を作った事があるぐらい「超臨界」に敏感なボクが、超臨界水実験室へ潜入できたのだ!しかし一般公開されているとはいえ、壁やドアに危なそうな表示が多くて歩くのにも結構気を遣う。あっちへ行ってはピクッ、こっちへいってはビクッと、いちいち立ち止まることが多い空間である。


危ないでしょ?
危ないでしょ?

非常事態に陥った代表は汚染物を洗い流し、
非常事態に陥った代表は汚染物を洗い流し、

非常事態に陥ったボクは「ピペットマン」を使いこなす
非常事態に陥ったボクは「ピペットマン」を使いこなす

もうこんな所にいては危ない、この棟から脱出せねばならないということで、階段で出口を目指して走り出すと、気付けば出口とは反対側の1Fの奥の方へ向かっていた。研究者による「ウミトーク」というイベントがちょうど終わろうとしていて、群がる人々の中には顔見知りもたくさんみられた。水槽が陳列されていて、中にはいろんな深海生物が収容されていた。水槽の水温が深海仕様で低いせいか空気がひんやりしている。雨のせいもあるかもしれないがジメっとしていて人口密度も高く、なかなかの極限環境と言える空間だったが、ちょっと目を離した隙に顔がハマっていた。


ゴエモンコシオリエビ顔はめ三連写
顔はめ三連写

この顔はめパネルのセンスとクオリティはきっとJAMSTEC広報課の方たちの仕事に違いない・・・・・・と思うや否や、代表がボクの後方から来た人物に顔をはめたまま挨拶して抜けなくなっている。ちょうど写真の一番右のシーンだろうか、ちょっと引きつりの表情にも見える。振り返ると、広報課のヨシザワさんが数名の撮影陣を引き連れて現れた。メガネがキラーンと光るという都市伝説まである方だ。おそらく、遠目からこの様子を見たヨシザワさんの心中は、「おや?(キラーン)なんかバカっぽいのが顔はめてるなと思ったら・・・深海マザー代表じゃねーかwww」みたいな感じだったと思うが、この瞬間は笑いが爆発していた。

ところでこちらの撮影陣、何を撮りに来られてたかというと、JAMSTEC有する有人潜水調査船「しんかい6500」完成25周年企画の一つとして、今秋から連続ドラマとしてスタートする朱野帰子さん原作の「海に降る」のロケだった。申し込みと視聴料が必要なWOWOWだが、既に加入しているボクらにとっては地上波に等しく、JAMSTEC全面協力で撮影された番組だという事で今から放送が待ち遠しい。すぐに加入できますよ。

WOWOW 連続ドラマW「海に降る」予告ページ 
Amazon - 朱野帰子著単行本「海に降る」(夏に文庫本出版予定)


(深海マニア役のエキストラを演じてください)


言葉だったが、突然ヨシザワさんがサイコキネシスを発動させたように感じた。たまたまその場にいた砂女さん(仮名)と代表とボクは身体を動かされ、自主的なのか強制的なのか分からない気分で最寄りの水槽に張り付いていた。だがそこには水槽は二つしかなかった。なのに人間は三人いる。生ワカメンは混ざろうとしたが混ざれなかったらしい。ボクだけ水槽と水槽の間にある真っ黒な壁面に張り付いていた。水槽内の水温に反応して結露しまくっているただの壁が目の前にある。この状況で何を演じればいいのか、というか不自然ではないだろうか。左右の水槽内を交互に覗くと、中にいる深海生物はよりによってあまり捉えどころの無いシンカイヒバリガイという二枚貝である。絶望した。しかし辺りがシーンと静まり始めた。マジだ、マジで撮っている。海に降る。両サイドの二名が醸し出す空気からもそれが感じられた。画的に一番奥になる砂女さんに対して「ちょっと中腰になってください」と指示が飛んでいた。彼女は腰が悪い。思わずプッと吹き出しそうになるのを必死に抑えるが、瞬時に体がくの字になった彼女が視界に入る。死ぬ。極限のところでなんとかその場を乗り切ったが、オールカットに違いない。


術が解けると、おそらくは深海マニアのメインエベントだったであろう「研究者行動展示~研究者の日常を覗いてみよう 第2弾~」の会場へ向かっていた。上へ三つ参ってから下へ一つ参れば良い距離だ。今年は深海・地殻内生物圏研究分野分野長の高井研さんが展示されるという情報をキャッチして駆けつけたマニアも多いことだろう。その高井さんはまだ現れていなかった。ここまで触れてはいなかったが、実は朝からずっとゴリラのような風格をしたカワグチさんがウロウロしていた。どこへ移動しても高確率で会う。そのたびにこちらを睨み付け、事あるごとに「マニアにはサービスしませんから!」とか「もう帰るよね?」とか散々な事を浴びせて来られるのだが、それこそがマニアにとって至高のサービスだという事を知っての行動展示だったと思う。

「マニアにはサービスしません!」と高井さんが現れた。一貫されている。どこから来られたのか分からなかったが、真っ先に「白衣を着て写真を撮ろう」コーナーへ行き、おもむろに白衣を羽織って自ら被写体になっていた。見ていた関係者は白衣を着るなんてあり得ない(似合わない)と笑顔で言っていた。相変わらずサービス精神旺盛な方である。人気は言うまでもなく、Twitterなどで情報をキャッチした人たちはすぐにここ3Fへと集まってきてあっという間に「展示室」がいっぱいになった。進路相談を持ちかける学生や、仕事の依頼をする企業人もたくさんいたが、「そんなん知らん!」とか「ないないないない!」とか一人一人丁寧に弾き飛ばして対応されていた。喰らった人達は皆満足そうに弧を描いて飛んで行った。それから高井さんと代表のちょっとした小競り合いが始まった所でボクらも満足してその場を去った。いつもの事だが、内容をお伝えできないのがとても残念である。


ファンが差し出す本に、やさしくサインする高井研さん
ファンが差し出す本にやさしくサインする高井研さん
だが、カメラは全てを記録している

深海マザー、厳戒態勢に入る
深海マザー、厳戒態勢に入る


敷地が広くイベントも多かったのであまり回れなかったが、「一般公開」のメインエベントはたぶん「しんかい6500」の実機展示や、学術研究船「白鳳丸」の乗船体験である。マニアにとってはもう「しんかい6500」実機などは見慣れているようで、ふーんという感じだったが、しかし必ず見に行ってしまうのもマニアの特徴的な習性だろう。帰りのバスの中で、改めて次世代有人潜水調査船の必要性について考えさせられたが、バス酔いした。この運転手のカービングはすさまじい。


来年もまた、聖地は開かれる。


2015-01-26

深海戦艦長兼丸-長谷川親子の愛と焼津の日々-

吐きそうだった。

誰も教えてくれない。開催が迫ったイベントの準備をどこまですれば良いのか分からず、吐きそうになっていた。出演を控えた代表も機嫌が悪そうだが妙なテンションだ。何日も泊まり込みで強制労働させられているワカメンも日に日に髭が濃くなっている。このままでは当日を迎える前に全滅してしまう。乗り切る手段を考えながら頭を抱えていたところへ、別の意味で吐きそうになる一声の無線が入った。


至急応援要請、ガッ
深海マザーズ、深海漁に出よ
ガガガ・・・ブツッ


テクノさん(仮名)が深海漁に出てみないかと誘ってくださった。彼は、本業(不明)をしながら某科学館に潜入し、お客さんへ自然科学のおもしろさを伝え、子ども心をガッチンするためには手段を選ばず、とうとう深海マザー商品にまで手を染めて闇の布教活動をするも、商品は無視され苦戦を強いられているという噂も聞いた事がある程の方だ。室内に溜まった黒い負の空気を換気出来る可能性を秘めた深海漁という小旅行にお声をかけていただいたのはとてもうれしかった。

しかしながら、ボクは「少年酔い易く学成り難し」である。子供の頃に釣り漁船に乗り込んだはいいが沖合いで酔って倒れ、幼くして人生がどうでもよくなった経験を持ち、さらに青春期には東京湾フェリーの浜金谷から出港直後、デッキから海面を見下ろすと大群で浮かんでいるミズクラゲを見ながらうねりに襲われ、クラゲなんかどうでもよくなった経験まで持ち合わせていた。遠足のバスでも備品のエチケット袋を消費して貧しい気持ちになった事もあり、ごくたまに自分で運転する車にも気分を害する場合まであるという、特に乗り物酔いをする体質に生まれてしまったようだ。

嫌だ。

このような時は大抵の場合、代表がノリノリピーになってあらゆる手を尽くしながらその世界へとボクを引きずり込もうとしてくるのは自然現象だ。こういう時に限って船酔いの原因などを熱心にネットで調べ、三半規管がどうこう、寝不足がどうこう、食事の内容がどうこうと簡単に出来る対策を羅列して、この深海漁がいかに安全で、楽しく、美しいものかという事を猛烈にプレゼンテーションしてくる。

別に。

最終兵器を出してきたのか、よく効く酔い止め薬を提案されたのだが、コレが自分の中で最も効果が高そうだった。成分などどうでもいいから酔いが発動しないと謳われているモノを体内に取り入れる事で、心因性としての働きが期待できる。そしてクチコミで効くと言われてれば言われてる程、効果は高まると思われる。情報を元に自分なりの分析をした結果、「アネロン」という酔い止め薬が浮上した。パッケージもまたオモカジいっぱ~いカタタタタタタ...な感じでソレっぽくていい感じだ。乗船前に飲んでおけば大丈夫だろうと思えるレベルを超えてこれでイケる!と感じたのだが、既に信号名「地獄一丁目入口」で青になるのを待たされていた事は感じておらず、代表の策略にまんまとハマっていたのだった。

いきましょう。



出発(デッパツ)当日、努力はしたが3名とも2時間の睡眠で漁に挑んだのは、2014年11月3日の事だった。体調は東名高速道路由比インター付近まではエクストリーム危険度で言えばレベルフォー「危険」だったが、アネロンの存在を想うと、到着直前にはレベルスリー「普通」か、レベルツー「安全」ぐらいまで持って行く事が出来ていた。目的地はあの深湾・駿河湾を望む、静岡県は焼津港近くの小川港である。




ほんの少しの尿意ですら船上では命取りになるという。集合場所から一番近いコンビニでそれぞれ最後の尿意を破壊してテクノさんの元へ向かうと、たくさんの漁船が並ぶ漁港の景色が広がり、同じ船に乗って戦いを共にする「同期の桜」がたくさん集まっていた。主催者テクノさんによる説明や注意事項を受け、いざ駿河の深海へ!富士山こんにちは!出でよオオグソクムシの大群よ!!と船を漕ぎ出そうとしていた。

戦艦・長兼丸に刻まれた「深海力」の文字をバックにデッパツ
戦艦・長兼丸に刻まれた「深海力」の文字をバックにデッパツ
左:ワカメン 右:ボク 撮影:代表

さて、今日の我が身を預ける戦艦・長兼丸(ちょうかねまる)だが、船の主がまだお見えでない。しかし、どのような方なのか噂だけは知っている人だった。風の谷のナウシカ出演の大婆様風に言えば、「その者桃き漁師エプロンを纏いて駿河の湾に降りたつべし」のヨコハマおもしろ水族館名誉館長である深海おじさんこと長谷川久志さん(以下おっちゃん)と、「その者白き眼鏡を纏いて駿河の湾に降りたつべし」の同館深海プロジェクトディレクター長谷川一孝さん(以下カズタカさん)の漁師親子で、今では水族館名物となっている深海ザメ解体ショーのパフォーマーとして大活躍中のお二人だ。
この時まで、これは超個人的な印象というかただの偏見の塊 ”だった” のだが、ヨコハマおもしろ水族館に行った事もなく、お二人にも会った事がない上で遠目から眺めていると、ピンクの衣装とド派手なパフォーマンスで観客の目を惹き、なんとなくチャラチャラしているように見えて、なんかね~どーなんだろね~というのがずっとあって、実は参加をごにょった理由の一つでもあったのだが、漁を終えた後の長谷川さん親子と対面して、ドラム缶にコンクリート詰めされて駿河湾の海底へ沈められ、深く反省する事になるのである。

そうこうしていると向こうから白い軽トラが猛スピードで突っ込んできて駐車場で停まった。ドアが開くと長谷川さん親子が降りてきたが、どうみてもヤ○ザのようにしか見えない。同じ船に乗る桜としての杯代わりなのか、各自自己紹介をする事になってしまった。
ワカメンが今日もスケおじTシャツを着ている事をキャッチしたテクノさんの布教が走り出す。長谷川さん親子に対してスケーリーフットという熱水噴出孔の深海生物をぶつけるがポカ~ンとしている。なんとなく予想はしてたが、深海漁師とはいえ長谷川さん親子はスケーリーフットを知らなかった。さらには、スケおじのデザイナーが深海マザーとなって暴走し出し、もう手に負えない状況になっていたが、おっちゃんの興味が突然どこかへそれて長兼丸へ乗り込んでいった。「はえ縄漁」という漁法で使用する筒状の仕掛けが既に仕掛けてあり、それをこれから引き揚げに行くようだ。あの憧れの深海生物やこれまで見た事もない深海生物が入っているに違いないとテンションが上がり始め、酔う酔わないの事など完全に頭から外れていた。

オレンジ色のライフジャケット、着用ヨシ。
ワカメンだけ青色のちっちゃいライフジャケット、着用ヨシ。
いざ・・・・・・

突然のエクストリーム
突然のエクストリーム

晴れてはいるが海風が少々肌寒い11月だ。この距離を渡るのはちょっとだけ足がプルプルしそうだが、半分ぐらいまで行ければ万が一どっちかに傾いてしまっても船に向かってダイブすればなんとか海には落ちずに済むだろうというシミュレーションが終わったとこで、いざ・・・・・・


おーーーい、もっと船寄せてやれ~


おっちゃんの一声で戦艦はみるみる岸に寄せられて板っぱちなんかいらなくなってしまったが、一体なんだったのか・・・これもパフォーマンスの一貫だったのだろうか・・・と思いながら無事潜入成功し、船は徐々に岸を離れ、船からの景色はどんどん青さを増していった。
ボクらのような都会暮らしでは味わうことの出来ない非日常を満喫しながら長兼丸艦内を探検してみると、これまた実に非日常的なものが普通に転がっていておもしろかったので、マイコンパクトデジタルカメラがその光景を捉えた。

陸が遠のいていく・・・
陸が遠のいていく・・・

深海ザメなのか分からないが、その辺にサメが突っ込んで死んでいる
その辺にアオザメが突っ込んで死んでいる
フカヒレは高級食材で有名だ

深海生物テヅルモヅルが天日干し、というか放置されているだけ
深海生物テヅルモヅルが天日干し、というか放置されているだけ
ヨダレが出る深海生物マニアもいるだろうが、強烈なオイニーを発し続けている

船のトイレ
船のトイレ
しっかりとした形ある大便をしないと大変な事になりそうだ

だいぶ沖へと来たようだ。駿河湾の深場は陸からかなり近いと聞いているが、深海の頭上はまだだろうかと深海に少しでも近づける事を楽しみにしていた。しかし気持ちがいい。視界には空と海しか映らない。こんなにも開放的になれる空間もなかなかないだろうと思いつつ、戦艦がうねりで大きく揺れているのを先程から感じていながらも感じないふりを続けていた。

富士山が傾くほどに揺れている
富士山が傾くほどに揺れている

陸にいる時にテクノさんが遠くを見ながら「沖に出たらみんなダウンですね」と悪魔が囁くように言っていたシーンがほんの一瞬だけ頭をよぎったが、やっぱりあれは悪魔系ヒソヒソ話だったと思ってひたすらにそれを掻き消していた。まだ目的地にすら着いてもいないのに今からそんな事を考えてはいけない。しかし、揺れている割にはぜんぜん大丈夫ではないか。なんにも問題ない。あるわけがない。代表もワカメンもこの通りだし、なんにも問題ない。

ガッと足を開いて甲板に固定し、スマホで何者かと交信を取る代表 なんにも問題ない
ガッと足を開いて甲板に固定し、スマホで何者かと交信を取る代表
なんにも問題ない

おっちゃんの桃色エプロンに対抗した桃色レインコート(たまたまこれしかなかった) 表情と指の角度がおかしいけどなんにも問題ない
おっちゃんの桃色エプロンに対抗した桃色レインコート(たまたまこれしかなかった)
表情と指の角度がおかしいけどなんにも問題ない

ところで、おっちゃんやカズタカさんは船の舵をとりながら、どこか遠くの方を見つめ続けている。海の男の目だ。どうやら仕掛けをセットしてあるポイントへ向かって、この広い水平線の彼方に目印を見つけようとしているのだったが、なんだか船の一角から怪しい臭いがしてきたのでそっちの方を見てみると、なんだか怪しかったがなんにも問題なさそうだ。

臭いの素 左:代表 右:ワカメン
臭いの素
左:代表 右:ワカメン

あれだ!

おっちゃん達が叫ぶ。

どれどれ!?

なんにも見えない。見えるのはさっきからずっと変わらず波打つ海面だけだったが、ターゲットを目視したおっちゃん達だけは安心したのか、厳しい表情を崩してニヤニヤし始めた。後は到着を待つのみという感じだったが、うーむ、見えない。それからしばらく走ってもまだ見えなかったので諦めて富士山などを望んでみたり望むふりをしてみたりしていたら、同期の桜の一本が「あった!」と叫んだ。今度こそ、

どれどれ!!!?

あった!!!

みんなが同じものを見て叫んでいた。

「その者桃き漁師エプロンを纏いて金色の野に降りたつべし」 遠くの真ん中に見えるのが目印のブイ
「その者桃き漁師エプロンを纏いて金色の野に降りたつべし」
遠くの真ん中に見えるのが目印のブイ

ターゲット確認ヨシ!ヤツがどんどん近づいてくるぞ!総員砲撃に備えよ!ブイの目の前で戦艦が停まる。二階から落とされるような高低差の揺れに襲われながら、桜達は土に根を張るように掴まれそうなところを見つけてしがみ付いていた。予測のつかない波しぶきが船の前後左右から高く打ち上がって宙をキラキラさせている一方、ボクの非防水タブレットも海水を浴びてキラキラと光を反射させていた。こんなエクストリームの中にも関わらず、背後にいた代表の様子がおかしい事に気が付いた。酔っ払っているのだろうか。あんだけノリノリピーで余裕かまして「絶対に酔い止めを飲んではいけない深海漁」だの「絶対に吐いてはいけないマグロ漁船」だの勝手に企画してボクらに圧しつけ遊ぼうとしていた張本人が軽く青ざめているではないか。これが代表の責任なんだね?とボクはぜんぜん余裕でうひゃうひゃしていた。

ターゲットのブイ この下に深海へと続くロープが深く深く伸びているのだ
ターゲットのブイ
この下に深海へと続くロープが深く深く伸びているのだ

初登場、長谷川さん親子がロープをたぐり寄せる 左:カズタカさん 右:桃きエプロン纏いし...おっちゃん
初登場、長谷川さん親子が仕掛けをたぐり寄せる
左:白き眼鏡を纏いし...カズタカさん 右:桃きエプロン纏いし...おっちゃん

いよいよ深海生物が捕えられた仕掛けが揚がってくる。垂れているロープの長さは数百メートルあるそうだが、本などで「深海数千メートル」という単位を見慣れているせいか、感覚もないくせに数百なんて浅い浅いと思っていたので、未だ感じた事の無い ”深海” という距離を、ボクは完璧に測り間違えてしまっていた。

機械で引き揚げながらも、えんやこ~ら~と手で丁寧にたぐり寄せてロープをまとめていく
機械で引き揚げながらも、えんやこ~ら~と手で丁寧にたぐり寄せてロープをまとめていく

数分ぐらいだっただろうか。みながゴクリと息を飲みながら今か今かと待っていたのだが、たぐってもたぐっても揚がってくるのはロープだけで、仕掛けがまったく揚がってくる気配がない。おっちゃんの表情も淡々としていて、だれも口を開く者はいなかった。
この沈黙の時間と、単調なロープワーク、ヤバイ・・・なにかがヤバイ・・・・・・!

キタ...
キ出した...
徐々にキテます...
キてます...キてます...
とうとうキてます...
これが

酔いという名の敵兵です

ついに、深海の深さ、深海の真の恐ろしさを知らしめる最大の敵が現れてしまった。い、いや、いいやまだだ、考えたらヤツの思うツボだ。大丈夫だと決めて頭を外せ。しかしキているような気がす・・・いかん!アネロンはボクの細胞にしっかり取り込まれているのだからなんにも問題な・・・ぐらっ・・・・・・チャチャチャチャーン♪

貴様と俺とは 同期の桜
同じ兵学校の 庭に咲く
咲いた花なら 散るのは覚悟
みごと散りましょう
国のため

           ―同期の桜


※ この記事はアネロンの効果を評価するものではございません。


極限状態のボクはなぜか正座をしている ボクの背中だけになぜか「ヤスオカ」と書いてある 誰だよヤスオカって...キてます...
極限状態のボクはなぜか正座をしている
ボクの背中だけになぜか「ヤスオカ」と書いてある
誰だよヤスオカって...キてます...

この様子をワカメンに察知され、それが自然に代表へと伝えられたせいで、「なんだよあの顔色wwwヤベーよwwwww」と近寄ってきやがったが、顔色は青色を通り越した白色が黄色くなったような、黄色人種を超えた黄色人種のような肌の色だったらしくてボクは微動だにできなかった。ただ、本能的なのか絶対に「酔った」とだけは言っちゃいけない、認めてはいけないような気がしていたので、一人無言でこの場をやり過ごそうと思っていたのにいちいち話しかけてきやがって、「話しかけんな......」と力を振り絞ったら「ヤバイよそれなんなん?www」と言ってきやがった時につい「酔った」と言ってしまい、ボクの桜の花びらはみごとに散った。
それからは、遠くの大陸から一寸たりとも目が離せなくなっていた。同時に代表の酔いは消え去ったらしくてうひゃうひゃし始めていやがった。いつもそうだ。伝染された。すぐ隣では、お目当てのオオグソクムシが大漁のようで、仕掛けの筒からどんどん出されているのに。

ドボドボドボッ!おおお・・・!と見ては、いかん、すぐ近くを見てはダメだと陸に目を戻す
ドボドボドボッ!おおお・・・!
見ては、いかん、すぐ近くを見てはダメだと陸へ目を戻す

筒にギッシリ詰まった深海生物 穴から顔を出してしまっているヤツもいた
仕掛けにギッシリ詰まった深海生物
脇の小さな穴から顔を出してしまっているヤツもいた
しかしすぐに陸へ目を戻す

これだけいると勝手な行動をとり出す者もいるが、すぐに陸へ目を戻す
これだけいると勝手な行動を取り出して口から臭いモノを出す者もいる
すぐに陸へ目を戻す

おっちゃん達の手に掛れば、オオグソクムシだけを狙って捕獲する事ができるという。しかし、他にもひょろ長いコンゴウアナゴという深海魚がたくさん混じっていた。彼らがこの筒に入るのは稀なことだそうで、思わぬ獲物におっちゃん達はうひゃうひゃしていたのだが、ボクは密かにヌタウナギの同時大量捕獲を想定し、初めてのヌタ遊びをしてみたかったので、話が違うじゃないかと聞いてみたら「ここにはいねーし狙ってねーからな」と言われて、おおお・・・と漏らして陸に目を戻した。

おーい、波のゆるいとこまで行ってやれ~

船のエンジン音に混じって希望の声が聞こえてきた。そ、そう、漁が終わったんなら早く行ってやってくれ・・・早くしないとみんなもヤバイ・・・。実はボクの他にも座り込んだり倒れ込んだり青くなっていた桜達もいたのだが、大人の桜はそれを必死に表に出さないようにしている。その空気を読み取った代表とワカメンの暴走はなおも続いていく。

陸から目が離せないボクに、どうでもいい写真を撮れと迫ってくる代表 ワカメンがその背後から見ているのがなかなかキモちワルい
陸から目が離せないボクに、どうでもいい写真を撮れと迫ってくる代表
ワカメンがその背後から見ているのがなかなかキモちワルい

かの有名な魚の口の中に寄生するタイノエが混じってた ホラホラ、こうやって体内に掴まってるんだよ、とワカメンが言ってくる
グソクに混じって魚の口の中に寄生するタイノエがいた
ホラホラ、こうやって口内に掴まってるんだよ?とワカメンが言ってくる
掴まっててなかなか取れないらしい

この辺りは酔いに支配されていてほぼ記憶がないのだが、後で聞いた話だと代表が写真を撮るために「いいからいいから!」とタイノエをボクの口の中へ入れたらしく「もっと右っ!」「もうちょい左っ!」「少し出せ!」など意識の薄れたボクに指示を出し、吐きそうになりながらもボクは自らタイノエを動かしてベストポジションを取ったという。寄生者が宿主の脳を操って自在にコントロールするという生物の話を聞いた事があるが、寄生したのはタイノエではなく、実は代表がボクの脳に寄生して身体をコントロールしていたのだと悟り、これが本当の意味での寄生なのだという事を身を持って体感したのだった。ちなみにこのタイノエぜんぜん生きてるんですよ?

とうとう寄生されました
とうとう寄生されました

寄生されたせいで、エクストリーム危険度レベルファイブ「エクストリーム」に達し、ついには視界も歪み始め、空と山と海が分裂を開始して動き始めた。しかし、この事実を口に出しても信じてもらえず、代表が「あっちの富士はどうよ?」と言うので目を移すと、日本一美しいと言われる富士山は二つ並んでそびえ立ち、同じように動いているのが見えた。このような病状や寄生を訴えれば、海保や救急ヘリはここへ助けに来てくれるだろうか。

エクストリーム・ビジョン 空と海は左へ動き、山は右へと動いていく
エクストリーム・ビジョン
空と海は左へ動き、山は右へと動いていく

もうダメだ・・・こんなにも微量な尿意がこんなにも不快に感じるなんてもうダメだ・・・と本当に微量な尿意を感じ始め、今後の人生がもうどうでもよくなってきた頃、なんだかだんだん揺れが穏やかになってきたような気がすると同時に、空や山や海も動きを止め始めていた。やっと近づいてきたのか、あの約束の地が。


ああ
なんて心地がいいんだろう
やはり生命はこの海で生まれたに違いない
みなここで生まれ
ここへと戻っていき
重く背負っていたものを降ろすのだ


こうして、さっきまでのはなんだったのかと思うぐらいみるみる回復してきて人生をやり直したくなってきた。桜達の復活を見計らっていたおっちゃんの「みなさんに発表がアリマース!今日の揺れは今までで一番ッッッ!笑」というヘラヘラ感に、うそだ!またこの船に乗せるための罠だ!と魂が反応したのはしょうがない。

獲物の仕分けが始まった こう見るとみごとにオオグソクムシとコンゴウアナゴしかいない やっぱりバケツだよね
獲物の仕分けが始まった
こう見るとみごとにオオグソクムシとコンゴウアナゴしかいない
やっぱりバケツだよね

桜のエサの時間になり、おっちゃんは、獲れたて素材の特製漁師料理「オオグソクムシの煙突焼き」を振る舞うという。この広大な景色の中でやり直した人生初の食事を摂るのだ。食欲があるとはとても言い難い状況だったが、せっかくのオオグソクムシ、食べてみたかったし良い機会だったのでいただいた。

割れた腹筋のように見える腹がパンパンに膨らんでいる
割れた腹筋のように見える腹がパンパンに膨らんでいる

その腹を掻っ捌くと内臓が出てくる 筒に仕掛けられてたエサのサバが入っている これは取り除かないと危険だそうだ
その腹を掻っ捌くと内臓が出てくる
筒に仕掛けられてたエサのサバが入っている
これは取り除かないと危険だそうだ

網のケースに入れられ、船の煙突で燻されるとまっ黒になる
網のケースに入れられ、船の煙突で燻されるとまっ黒になる

包丁でザクン!ザクン!できあがり
包丁でザクン!ザクン!できあがり

うまい!

エビやカニと同じような香りが強烈かつ濃厚に香ってくる。身が少ないのでほとんど食べるところはなかったが、みそ汁のだしにしたら絶対にうまいと確信した。殻も出来るだけかじり潰してみたが、唐揚げにでもしない限りバリバリと食べられそうもなかった。こんなシュチュエーションでは何を食ってもうまいとは思うが、それにしても大変おいしゅうございました。ごちそうさまでしたと残った殻を海に放り投げ、誰かが食べるのを期待した。長らく戦ったあの酔いはもうまったく感じられなくなっていた。



気が付いたら帰港していて、なぜかワカメンがカズタカさんと一緒に船を岸に着けてロープワークをこなしていた。髭もさらに濃くなったような気がするが、ここからは例の深海ザメ解体ショーの時間である。おっちゃんが残念そうに「今日のは冷凍なんだよー」と言いながら捌き始めたが、今日の深海ザメはサガミザメというサメだそうだ。捌きながら突然飛び出してくる豆知識のようなものを同期の桜達が一生懸命拾いながら、サメの行方を黙ってみつめ続けていた。

巨大な肝臓を取りだした 肝油に使われるという
巨大な肝臓を取りだした
肝油に使われるという

サメの部位を次々に切り落としてはポーン、ポーンと放り投げているのだが、部位によって船の甲板に投げたり、背後の海に放り投げたりしている事に気が付いた。何か意味があるのだろうか。観察しててもあまりに自然すぎて分からなかったので聞いてみると、これは鳥が食うんだポーン・・・これは魚が食うんだポーン・・・これは誰も食わねんだベチャ・・・とやっている。サメの死体をとても雑に扱っているように見えて、これは実は獲ったサメへの敬意であり、他の生き物への愛でもあり、感謝であるように感じた。しかし、海に落ちた部位の行方を追ってみたら、確かに一羽のカモメが飛んできて掴んだものの、ポトンと落として飛び去っていったのを目撃してしまったので、「あの・・・カモメが落としていきましたけど・・・」と言うと、「あいつら朝食ったから腹いっぱいなんだよ」と言うので、魚が食いに来るかと期待して沈みゆく部位を見ていてもただ沈んでいくだけであった。「あの・・・」とは聞かなかったが、きっと海底まで落ちて底生生物が群がって食ってるに違いない。そうだよねおっちゃん。

最終的にサメは白身の刺身として紙皿に切り分けられ、みんなでつつくように平らげたが、冷凍だったせいか微妙な食感を残して喉の奥へと消え、身体の一部となった。冷凍だという説明があったが、おっちゃんは捌いてる途中で切り心地に違和感を感じたのか、「なーんかおかしいと思ったら冷凍じゃねーかこりゃ!」とキレていた(笑)

それと、焼津ではサバ漁が盛んだそうだ。長兼丸よりも遥かに大きな船で漁をするのであいつらには敵わんと嘆いていたが、おっちゃんはサバが一番好きだと言い、寄生虫のアニサキスも一緒に食べてしまう事も多く、あんまり意味は分からなかったがどういうわけか「脳天キターーーーーーーー!」となって頭が痒くなってしまうエクストリームな症状が出るらしい。その度に病院で点滴をするらしいが、何度そういう思いをしてもその旨さからサバはやめられないらしい(笑)

最後に、おっちゃん達が獲った ”深海ザメ” について一人一問強制コーナーへと差しかかった時、誰もが深海ザメに関して質問を投げる中、代表からの突然の「マンボウも獲るんでしょうか?」発言に場内がどよめくも、おっちゃんは「あぁ・・・マンボウねぇ・・・昔はテレビに映すためだけに獲って捨てちゃうような事もしてたけど、最近はかわいそうになっちゃってねーもうやらないようにしたんだ」と切なそうに語って船を降りた。


ヨコハマおもしろ水族館での派手なパフォーマンスや、オオグソクムシの提供、取材対応などには出来るだけ協力を惜しまず、ひとえに ”焼津” という地域をただただ想ってのことだそうだ。それも今の時代を生きるカズタカさんの力なくして叶うことはない。例えば、オオグソクムシのような深海生物が何らかの形で商品化されて漁業価値が生まれ、収入源となっていくようになれば、焼津の発展にも繋がっていくのではないだろうか。この漁に一緒に出させてもらって、長谷川さん親子から焼津への愛を感じ、切なく厳しい現実と日々戦いつづける一漁師の生活がほんの少しだけ見られたような気がしてその場を去った。

戦利品(なんにもしてない)のコンゴウアナゴ3匹とタイノエ 実は闇の運び屋としての顔も持って潜入していた これらはどこかで闇取引されて形を変えて販売されたらしい
戦利品(なんにもしてない)のコンゴウアナゴ3匹とタイノエ
実は闇の運び屋としての顔も持って潜入していた
これらはどこかで闇取引されて形を変えて販売されたらしい

楽しかった楽しかったと帰るにも疲れたし道中長いし腹も減ったので、できればこの辺でうまいものでも食って帰りたかった。するとちょうど長谷川さんの奥様御一行が揃って長谷川さん親子をお出迎えに来ていたので、ちょっとなんかどっかないでしょうかと聞いてみると、開いてそうな馴染みのお店にわざわざ電話までしてくれて予約を取ってくれたので、お礼を言って車を走らせた。

指定の店に着いてあああああーっと着席し、一息ついて一服しながら、「いやーあの家族ってさー、アレでアレでアレだよねー」とか話してたら

ガラガラガラ・・・・・・


_人人人人人人人人_
> 突然の長谷川一家 <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄


チャチャチャチャーン♪

貴様と俺とは 同期の桜
同じ兵学校の 庭に咲く
血肉分けたる 仲ではないが
なぜか気が合うて
別れられぬ

           ―同期の桜


帰宅後、戦場での潜在的な後遺症が発症し、蘇った揺れに数日間も悩まされながら「貴様は元々脳がやられているんだ」と精神的虐待を受け続けることになる。

なぜか気が合うて
別れられぬ


           ―同期の桜